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河瀬直美監督およびIOCに告げる 東京2020五輪を正当化する公式記録映画の上映に強く抗議する!ー公式記録映画「東京2020オリンピック SIDE:A」公開を受けて 私たちの立場

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 昨年2021年夏、多くの人たちの反対の中で2020東京オリンピック・パラリンピックが1年延期後強行開催された。たくさんの怒りが充満する中、その総括はまだこれからである。

 6月3日、河瀬直美監督による公式記録映画「東京2020オリンピック SIDE:A」が公開された。上映にあたっては、公開初日に、私たちと共に東京オリ・パラ反対を闘った「反五輪の会」から抗議声明「嘘と捏造の東京五輪公式記録映画に抗議する!」( https://tmblr.co/ZVXF2tc5206wGy00 )が出され、同時に「東京2020公式記録映画におけるデモ・抗議行動の映像使用について」( https://tmblr.co/ZVXF2tc522AMWa00 )で明確な拒否の態度表明が出されている。私たち「オリンピック災害おことわり連絡会」も反五輪の会と立場を同じくするものである。その上で、公開された「SIDE:A」と「SIDE:B」(予告編)を見て、ここに改めて私たちの立場を明らかにする。

1.ささやくような「君が代」(藤井風)で始まる「SIDE:A」。降りしきる雪の景色の中の桜(皇居)、雪を被ったクーベルタンの銅像(五輪スタジアム前)、そしていきなり「中止だ中止!」と書かれた私たちのバナーが不意に現れる。これだけでもげんなりだ。「SIDE:A」はアスリートの物語だと言うが、数箇所にわたって私たち(反対派)の抗議行動の場面が無断借用されている。中には参加者の顔にボカシを入れている画もあったが肖像権の侵害を自覚しているということか。「オリンピックは廃止だ廃止!」という私たちの怒りの声も登場する。「SIDE:B」(予告編)にも同様の場面が確認できる。私たちの姿や声、反対運動をわざわざ映画に取り込む意味はなにか?

2.河瀬監督から私たちへのアプローチが一切無い中で、監督の意図は知りようもないが、6月5日に開かれた記者会見では、「長い時間をかけて先の人たちに届いていく」「ここ(映画)には時代の記憶が刻まれています。・・・私たちは、この時代を精いっぱい生きた・・・、日本人が世界に誇れる姿を、反対派の人も含めて今、見られなくても、いつか必ず見てほしい。」と発言。(2022.6.5&6日刊スポーツ)。無観客になり「(観客の)眼差しを奪われ」た中で、「撮れないことを撮ろう」とも(週刊文春CINEMA2022夏号)。冒頭から辞任した森喜朗が無批判にドアップで登場、有名無名のアスリート一人ひとりにある「物語」を淡々とつなぎながら、エンディング「The sun and the moon」の歌、クーベルタンの銅像、クーベルタンの言葉「勝つことではなく、努力し続けることが大事」で締め括られ、最初から最後までを壮大な「五輪の物語」として描こうという河瀬の狙うトータルな「意味」を受け止めた。

「映画」ではJOCがメダル獲得目標を掲げて国威発揚に邁進していた事実はまるでなかったようだ。クーベルタンが優生思想丸出しの差別主義者だったこともどこにも出てこない。「難民」選手団やBLM、沖縄等々見せかけだけのウォッシュ(wash)。出産で五輪を諦めた日本代表選手と、規定と闘い乳児を連れての参加を勝ち取ったカナダの選手。勝っても負けてもベストを尽くすアスリートたちー一人ひとりの選択はいずれも正しいと、全ての「物語」を「正」として印象付けるように描いている。

 けれど、現実には、日本政府は五輪に向けて治安対策として外国人の出入国・在留管理を強化した。随所で「母性の強調」や「和」の精神、「日本人」が強調されるが、上滑りの「男女平等」や「多様性」が別のマイノリティを排除し傷つける表現だということに監督自身無頓着に見える。しかし、事実を隠蔽する犯罪性は実は意図的なものなのではないか。「人類のための記録映画」(河瀬)は、コロナ禍という困難の中で東京五輪が偉大なレガシーを残したという「公式の語り」を固定化する。「困難」や「分断」を乗り越えた先の五輪の成功神話を導き出すための道具として私たち(反対派)を利用した。

3.新型コロナウイルスの蔓延下、多くの人びとの反対を押し切って強行されたオリンピック・パラリンピックの大きな「負の爪痕」を未来に残すべき「レガシー」として語り直そうとするオリンピック推進派の動きがある。映画もこれと歩調を合わせ、共謀する。

 安倍首相(当時)の福島第一原発事故に関する「アンダーコントロール」発言から始まり、招致にまつわる買収疑惑、膨大に膨れ上がった予算、様々な嘘と利権で破壊された人々の生活・・・。オリンピック・パラリンピックをめぐるそれらさまざまな問題は全て隠ぺいされた。五輪推進派は何の反省もなく、2030年札幌冬季五輪招致にむけての動きを活発化させている。映画はこの動きに加担するものだ。

 試写会には、森喜朗ら関係者が集まり、それ以後もカンヌ映画祭での上映、菅前首相との対談、記者会見・・・、華々しい宣伝が膨大な経費をかけて行われているが、鑑賞者数はメディアが報じるほどに惨敗、東京五輪同様、公式記録映画にも人々の関心はない。また、昨年末NHK-BS1スペシャルで放映された「河瀬直美が見つめた東京五輪」は、登場する男性のボカシ入り映像に彼が話してもいない「金をもらって五輪反対デモに参加した」というねつ造字幕をつけたことが発覚して大問題となり、現在BPOが審議中だ。私たちも当事者としてNHKおよび河瀬事務所に抗議を送り、なおかつBPOに人権侵害を申し立てている。さらにこの間、河瀬直美による数々の暴力行為とパワハラ疑惑が報道されている。

 河瀬は公式記録映画の監督等の活動を評価され、昨年、国連ユネスコの日本人女性初の大使に任命された。また国際芸術祭「あいち2022」アンバサダー、2025年大阪・関西万博のプロデューサーと、国際的なメガイベントへ名前を連ねる。公式記録映画をテコに次のステージにステップアップしたと言ってもいいだろう。NHKの番組やパワハラ疑惑に対する説明責任も求められるが、河瀬自身から納得行く釈明は一切ないまま、その地位は守られ続けている。映画の背景こそに淀んだ空気、闇深いオリンピックの力学を感じるのは私たちだけではあるまい。

 結局のところ公式記録映画は、真実を何も描いていない。5000時間撮影した素材から五輪を讃えるエピソードを掬いとり、反対運動を貶める恣意的編集で私たちの「画」を利用した。五輪の「光と影」を描く公式の語りを如何様にねつ造しても、私たちの反対の声を封じ込めることはできない。私たちの「抗議」を五輪礼賛の「物語」に消費しようとしても、私たちの怒りは映画を乗り越え、もっともっと大きく世界に轟くだろう。

河瀬直美監督およびIOCよ、恥を知れ!

東京2020五輪を正当化する公式記録映画の上映に抗議する!

2022.6.15       

2020オリンピック災害おことわり連絡会(おことわリンク)      

http://www.2020okotowa.link/